東京家庭裁判所 昭和40年(家)5936号 審判 1965年5月27日
国籍 ブラジル合衆共和国 居所 東京都
申立人 ヤスマサ・ヤマダ(仮名)
国籍 日本 住所 ブラジル合衆共和国
申立人 山田鶴子(仮名)
国籍 日本 住所 北海道
未成年者 加古修一(仮名)
主文
申立人両名が未成年者を養子とすることを許可する。
理由
一、本件申立の要旨は、
(一) 申立人ヤスマサ・ヤマダは、もと日本人で、一九三三年(昭和八年)頃単身でブラジルに移住し、爾来ブラジルにおいて、コーヒーの栽培、貿易、農場、牧場の経営等にあたつているもので、一九四四年(昭和一九年)七月五日に、一九三二年(昭和七年)頃家族とともに日本からブラジルに移住した申立人山田(旧姓土井)鶴子と婚姻した。
(二) 申立人ヤスマサ・ヤマダは、一九五五年(昭和三〇年)九月二六日、志望によりブラジル合衆共和国の国籍を取得したため、日本国籍を喪失したが、申立人山田鶴子は、ブラジル合衆共和国の国籍を取得することを望まず、なお日本国籍を有している。
(三) 申立人両名の間には、婚姻以来実子に恵まれず、今後も実子が出生する可能性がないので、かねて適当な日本人の子を養子にほしいと思つていた。
(三) ところが、たまたま、申立人ヤスマサ・ヤマダは、一九六五年(昭和四〇年)三月に商用で日本に赴くことになつたので、出発前あらかじめ申立人山田鶴子と相談のうえ、申立人ヤスマサ・ヤマダが日本に滞在する間にもし養子とするに適当な日本人の子があれば、これを申立人両名の養子に貰い受けて帰国する積りで、同月一二日に来日し、日本国内での商用を終えた後、同年五月五、六日頃北海道札幌市北一四条西二丁目二番地に居住する母山田やえ子の許を訪れた際、同人から、肩書住所に親権者母元木きよと居住する未成年者を申立人両名の養子にしてはどうかと云われ、早速同月八日頃、未成年者および親権者母元木きよと面接した結果、自己の希望に合致する良い子なので、未成年者を申立人両名の養子とすることに決意し、申立人山田鶴子にもその旨知らして了承を求めるとともに、同月一四日未成年者の親権者母元木きよの同意をえることができたので、申立人両名と未成年者との養子縁組の届出を了したうえ、未成年者を伴つて帰国することとしたい。
よつて、未成年者との養子縁組許可の審判を求めるというにある。
二、そこで、審案するに、申立人両名提出の各疎明書類ならびに申立人ヤスマサ・ヤマダおよび未成年者の親権者母元木きよに対する各審問の結果によれば、前記一の(一)、(二)、(三)、(四)に記載どおりの事実をすべて認めることができる。
三、右認定の事実からすると、養親となるべき申立人の一方がブラジル合衆共和国人、他方が日本人であり、養子となるべき未成年者が日本人であつて、いわゆる渉外養子縁組事件であるので、まずその管轄権について考察するに、養子となるべき未成年者が日本に住所を有する日本人であることが明らかであるのみならず、申立人らの一方も、ブラジル合衆共和国に居住する日本人であり、他方もブラジル合衆共和国人であるが、日本に居所を定めて滞在しているので、当裁判所が本件申立について管轄権を有することは明白である。
四、つぎに、本件養子縁組の準拠法について考察するに、日本国法例第一九条第一項によると、養子縁組の要件については、各当事者につき、その本国法によるべきものであるから、本件養子縁組は、養親たるべき者の一方申立人ヤスマサ・ヤマダについては、その本国法たるブラジル合衆共和国法、養親たるべき者の他方申立人山田鶴子については、その本国法たる日本法、養子たるべき未成年者については、その本国法たる日本法がそれぞれ適用されることになる。
五、よつて、本件養子縁組の要件を日本民法およびブラジル合衆共和国民法によつて審査する。まず、日本民法(同法第七九二条ないし第八一七条)と同様にブラジル合衆共和国民法も養子制度を認めている(同法第三六八条ないし三七八条)ので本件養子縁組を成立させることが可能である。また、養子縁組の成立には、ブラジル合衆共和国民法によれば、公の認証ある文書によることのみが要求され(同法第三七五条)、日本民法のごとく、未成年養子縁組が成立するために裁判所の許可(同法第七九八条)を要しない。しかしながら、養子縁組の成立のため裁判所の許可を要するかどうかの問題は、養親たるべき者の側、養子たるべき者の側双方に関する成立要件と解され、養子たるべき者が日本人であるのみならず養親たるべき者の一方も日本人である本件養子縁組については、日本民法によつて裁判所の許可が必要であると解され、よつて、当裁判所が本件養子縁組を審査して許可不許可を決することは、適法である。つぎに日本民法は養親と養子との間には、一定の年齢差を要求していないが、ブラジル合衆共和国民法は、養親は養子よりも少くとも一六歳以上年長でなければならないとする(同法第三六九条)。この点も養親たるべき者の側、養子たるべき者の側双方に関する成立要件と解され、養親たるべき者の一方がブラジル合衆共和国人である本件養子縁組については、ブラジル合衆共和国民法の要求する右の年齢差の要件を充たすことを必要とするが、本件養子縁組では、養子たるべき者が四歳、養親たるべき者の一方が、四九歳、他方が四五歳であるので、この要件を充たしていることは明らかである。
つぎに、日本民法は、養親たるべき者の年齢要件として二〇歳以上であることのみが要求されているが(同法第七九二条)、ブラジル合衆共和国民法は三〇歳を超えることならびに婚姻している者は婚姻後五年を経過していることを必要としている(同法第三六八条)。この要件は、専ら養親たるべき者に関する要件であるが、本件養子縁組においては、養親たるべき者の一方がブラジル合衆共和国人、他方が日本人であるので、結局ブラジル合衆共和国民法の定める要件を充足することが必要となるが、前記の如く、養親たるべき者双方とも三〇歳を超えており、また養親たるべき者は前記認定の如く昭和一九年に婚姻しているので、本件養子縁組は右の要件をも充足している。
また、ブラジル合衆共和国民法は、養親たるべき者が夫婦である場合、共同で縁組することを必要としないが(同法三七〇条参照)、日本民法では必ず共同で縁組しなければならない(同法第七九五条)。この要件は、専ら養親たるべき者の側に関する要件であるが、本件養子縁組の場合、養親たるべき者が国籍を異にしているので、結局日本民法の必要的共同縁組の要件を充たすことが必要となるが、本件養子縁組では養親たるべき申立人両名が共同で縁組をするので、この要件を充たしている。
また、日本民法は、養子となる者が一五歳未満であるときは、その法定代理人が、これに代わつて縁組の承諾をすべきことになつているが(同法第七九七条)、ブラジル合衆共和国民法では養子となるべき者が行為能力を有しない場合には、法定代理人の同意なくしては縁組をすることができないとされる(同法第三七二条)。この要件は、専ら養子たるべき者に関する要件と考えられるので、本件養子縁組については、日本法の定めるところに従うべく、本件養子縁組では前記認定の如く、未成年者の親権者母元木きよが代諾しているので、この要件をも充足しているといわねばならない。
六、以上の如く、日本民法およびブラジル合衆共和国民法によつて審査するに、申立人両名が事件本人を養子とすることには何等妨げとなるべき事情はなく、しかも、養子縁組の成立が前記認定の事実に徹し、未成年者の福祉に合致するものと認められるので、本件申立はその理由があるというべく、これを許可することとし、主文のとおり審判する次第である。
(家事審判官 沼辺愛一)